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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)230号 判決

反訴原告

落海里美

反訴被告

井藤宏信

主文

一  反訴被告は、反訴原告に対し、金一四一七万二四〇四円及びこれに対する平成五年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を反訴被告の、その余は反訴原告の負担とする。

四  この判決は、反訴原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一反訴原告の請求

反訴被告は、反訴原告に対し、金五五〇四万九九七七円及びこれに対する平成五年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通貨物自動車に衝突されて負傷した歩行者である反訴原告が、右車両の運転者である反訴被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償(内金)を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  次の事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成五年七月三日午後一時三〇分ころ

(二) 場所 大阪市大正区三軒家東四丁目三番一八号(以下「本件現場」という。)

(三) 加害車両 被告運転の普通貨物自動車(なにわ四〇ゆ七三五)

(四) 事故態様 本件現場の歩道上に佇立していた反訴原告に加害車両が衝突したもの

2  被告の責任

反訴被告は、民法七〇九条に基づき、本件事故により反訴原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害のてん補

反訴原告は、本件事故による損害のてん補として、三一二万九二二五円を受け取つた。

二  争点

(損害)

1 本件事故と後遺障害との因果関係、後遺障害等級

(反訴原告の主張)

反訴原告は、本件事故により腰部を捻挫し、これがひきがねになつて第三、四腰椎、第四、五腰椎に巨大な腰椎椎間板ヘルニアが発症し、これにより後遺障害として、座骨神経痛、右下肢の知覚麻痺、右足関節及び右足指の筋力の著しい低下等の症状が残り、日常生活動作にも相当な支障を生じているから、自動車損害賠償保障法施行令二条の等級表(以下「等級表」という。)一〇級一一号(右足関節の機能に著しい障害を残すもの)、一一級一〇号(右足指の用を廃したもの)、七級四号(神経系統の機能に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に該当するものとし、併合六級と評価すべきであり、したがつて右後遺障害による労働能力喪失率は少なくとも六割程度とするのが相当である。

(反訴被告の主張)

反訴原告の腰椎椎間板ヘルニアは、反訴原告が本件事故前から有していた体質的要因であり、本件事故によつて右ヘルニアの症状が誘発されたにすぎないから、右症状と本件事故との間には相当因果関係はない。また、右症状中、右足関節及び右足指の機能障害については、その程度を判定する可動域の測定結果もなく、被検査者の作為が感じられる徒手筋力テスト(MMT)の結果のみで、反訴原告主張の等級(一〇級一一号、一一級一〇号)の後遺障害認定を行うことは相当でない。また、仮に右等級認定をするとしても、ヘルニアによる座骨神経痛は抹消神経の異常であり、その等級認定は、原則として、損傷を受けた神経の支配する身体各部の器官である右足関節と右足指における機能障害でもつて評価しなければならないから、右とは別に座骨神経痛を等級認定することは等級の二重評価となるもので認められない。

2 寄与度減額

(反訴被告の主張)

反訴原告は、本件事故の八年位前から腰椎の椎間板ヘルニアを契機として進行した椎間板の変性という体質的素因を有しており、本件事故により腰椎椎間板ヘルニアが発現したとしても、事故時に反訴原告に加わつた衝撃はさして大きなものではなく、むしろ右素因がその発現に大きく寄与したものであり、その割合は七割を下らない。なお、反訴原告のヘルニアは早期に手術をすればほとんど問題なく良くなるにもかかわらず、反訴原告は手術を受けていないものであり、仮に反訴原告が二人の障害児をかかえるという事情で手術を受けることができないとしても、その損害の全部を反訴被告に負担させるのは公平の見地から不相当である。

(反訴原告の主張)

反訴原告は、本件事故前、看護婦の職業病のような腰椎座骨神経痛になつたことはあるが、右症状は継続して治療をうける程度ではなく、看護婦としての激務、二人の障害児の育児・家事全般には何ら支障がなかつたのに、本件事故により全くの予測の範囲外の状況で無防備のうちに加害車両に衝突され、体の不自然な動きから通常考える以上の衝撃を受けて、看護婦の仕事はおろか日常生活上の動作にも著しい制限を受ける状態に陥つたのであるから、仮に寄与度減額が認められるにしても、その割合は二割を超えることはないというべきである。

第三争点(損害)に対する判断

一  本件事故と後遺障害との因果関係、後遺障害等級

1  前記争いのない事実及び証拠(甲二ないし一三、一八、一九、二〇、乙一の一、二、乙二、三、五ないし八、証人菅本一臣、同鍋島隆治、反訴原告本人、鑑定結果)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故は、反訴原告が歩道上に設置された自動販売機の前で自動販売機側(東側)に顔を向けて立ち止まつていたところ、折から歩道上を南から北へ進行してきた加害車両の車体が腰付近に接触し、同車両の右後輪が左踵をこすつたため、腰をひねつたような状態で自動販売機の方に押され、反訴原告がずるずるとしやがんだというものである。

(二) 反訴原告は、本件事故直後(平成五年七月三日)、勤務先である大阪府済生会泉尾第二病院を受診し、左踵部の痛みを訴え、治療を受けたが、帰宅後、左踵の激痛と腰痛により立てない状態になつたため、自宅近くの医療法人仁成会串田病院を受診し、左踵部打撲、腰部捻挫との診断(いずれもX線上は異常を認めず)を受け、腰部にマツクスベルトを装着してもらい、松葉杖を与えられた。その後、右泉尾第二病院へ同月五日、同月七日(実日数三日)に通院して消炎鎮痛剤の投与、湿布薬による治療を受けたが、踵部の疼痛と腰部痛が増悪したため(右腰部ないし座骨神経部の疼痛と下肢のしびれ感)、同月八日からは大阪府済生会泉尾病院に転医入院した(なお、反訴原告は、同月七日には、以前の椎間板ヘルニアが再発した様な腰痛であると訴えている。)。同病院では、腰椎椎間板ヘルニアを疑われ、同月一〇日、MRI検査を受けたところ、第三、四腰椎及び第四、五腰椎の二か所に巨大な腰椎椎間板ヘルニアの突出が認められた(なお、左踵痛は入院後まもなく消失した。)。当初は、保存的治療として硬膜外ブロツク注射等を受けたが、全く無効のため、同月二一日、経皮的髄核摘出術を受けたところ、痛みは少しよくなり、杖をはずせるようになつたので、同月三一日、退院し(入院期間は二四日間)、同年八月四日から同年八月三一日(実日数一一日間)通院治療し、同年九月二日からは、勤務先である右泉尾第二病院に通院してリハビリを開始し、当初は痛みが減少していたものの、平成六年一月一〇日には、腰痛、右膝内側の知覚低下等の症状が認められ、MMTで特に右前脛骨筋・右母趾背筋・右足指背筋がいずれも3(重力に抗して可動域すべて運動できるもの)となつたこと等から手術の必要性が検討されたが、反訴原告は、自閉症により第二種精神薄弱者の認定を受けた長男(平成元年八月一一日生)と二男(平成四年一月一一日生)をかかえていたため、長期入院を要する手術(観血的髄核摘出術)を決心できず、平成六年一月二一日まで(実日数一九日間)右泉尾第二病院に通院した後、平成六年一月二八日から、前記泉尾病院に再受診した。同病院でも、右座骨神経痛の再発に加え、右下肢の筋力低下が著明となり、神経麻痺が強いことを理由に手術を勧められるも、右の障害児を持つという家庭の事情で踏み切れず、リハビリを継続して経過を観察したが、症状は一進一退で、結局、改善せず、日常生活動作も痛みのため制限された状態のまま、平成七年二月一〇日、症状固定の診断となつて、「第三、四腰椎及び第四、五腰椎に巨大な腰椎椎間板ヘルニアの突出、右膝より以遠の重度知覚障害、右アキレス腱反射の低下を認め、右前脛骨筋・右足趾伸筋の筋力はMMTにて2(重力に抗して可動域すべて動かすことができないもの)であるため、足関節を背屈できない。」等の後遺障害が残つた(但し、症状固定以後は、腰痛がかなり軽減してきている。)。

(三) 反訴原告は、一九歳のころ、看護婦の仕事で老人の患者を持ち上げた際、ぎつくり腰になり、ひどい痛みのため入院も含め約三か月の治療を要し、また、二一歳の時に二回、二三歳のころ一回、腰椎坐骨神経痛と診断されたことがある。それに、平成五年七月一六日に撮影されたMRIによると、特に第四、五腰椎の椎間板は全体が低信号を示し、ある程度経年的に進行した変性が認められた。

2  以上の事実を前提にして本件事故と原告の後遺障害との因果関係について判断するに、本件事故は、前記事故態様に照らし、加害車両が低速度で反訴原告の腰付近と左踵に接触したものであるが、反訴原告にとつては全く予期せぬ衝撃であり、無防備の状態で腰部を不自然にひねつたものと推認できること、反訴原告は、前記のとおり腰部に既往症を有していたが、本件事故直前まで看護婦の仕事や前記二人の障害児の育児、家事等を支障なくこなしていたこと、本件事故の二、三日後から右腰部ないし坐骨神経部の疼痛と下肢のしびれ感がしだいに増悪したこと等を勘案すれば、反訴原告の腰椎椎間板ヘルニアの前記した諸症状は、本件事故により発現したものと認められるから、本件事故と前記した後遺障害との間には相当因果関係があるというべきである。

3  次に、後遺障害の等級について判断するに、前記した後遺障害の内容特に右前脛骨筋・右足趾伸筋の筋力はMMTにて2であるため、足関節を背屈できないとの所見等を勘案すれば、右足関節及び右足指の各運動可能領域が腱側の運動可能領域の二分の一以下に制限されているものと認められ、右足関節につき、等級表一〇級一一号(右足関節の機能に著しい障害を残すもの)、右足指につき、等級表一一級一〇号(右足指の用を廃したもの)にそれぞれ該当するものといえる。

また、腰椎椎間板ヘルニアによる坐骨神経痛の症状については、疼痛の労働能力に及ぼす影響を判断して等級認定を行うのが相当であるところ、前記のとおり症状固定ころまでは、日常生活動作が制限されるような疼痛が継続的にあつたものの、症状固定後は、右疼痛がかなり軽減していること等を考慮すれば、一般的な労働能力は残存しているが、疼痛により時には労働に従事することができなくなるため、就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるものとして、等級表九級一〇号(神経系統の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの)に該当するものというべきである。

ところで、右各等級認定について、併合規定の適用の有無を検討するに、右足関節及び右足指の機能障害は、坐骨神経痛に起因するものであり、坐骨神経痛により認定した九級一〇号の等級によつて右足関節及び右足指の機能障害も評価されているものといえるから、併合規定を適用してにより八級の判断を行うことは相当でなく、結局、原告の後遺障害等級は、右各認定した等級中、最も重い九級一〇号となる。

二  寄与度減額

前記認定のとおり、反訴原告は、一九歳のころ、入院を含め約三か月の治療を要するひどい腰部痛となり、また、二〇代前半に腰椎椎間板ヘルニアの一部分症として使用される傷病名である腰椎坐骨神経痛との診断を受けたことがあつた上、特に第四、五の腰椎椎間板に経年性の変性がみとめられたこと、不意につかれたとはいえ、比較的軽度の衝撃により前記したような重い腰椎椎間板ヘルニアが発症したこと等に鑑みれば、反訴原告には自覚される痛みがない程度の腰椎椎間板ヘルニアが存在した可能性が高く、本件事故を契機として第三、四及び第四、五の各腰椎に巨大な椎間板ヘルニアの突出が生じて右ヘルニアが増悪し、前記した諸症状が発現したものというべきであるから、反訴原告が平成六年初めころに手術を施行していれば、右症状が改善された可能性が高いのに、前記した事情で手術を行わなかつたことを考慮しても、反訴原告の有していた右素因が本件事故により発症したヘルニアの症状に寄与した割合は五割程度とするのが相当である。

三  損害額

1  治療費(主張額一〇一万五六二五円) 一〇一万五六二五円

反訴原告は、本件事故による受傷により治療費(一部)として一〇一万五六二五円を要したことが認められる(甲七、九、一一)。

2  入院雑費(主張額三万一二〇〇円) 三万一二〇〇円

反訴原告は、本件事故により前記のとおり二四日間入院したが、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円とするのが相当であるから、右雑費は三万一二〇〇円となる。

3  通院交通費(主張額二万二八〇〇円) 二万二八〇〇円

前記した反訴原告の症状に照らし、平成五年九月から平成六年一月二一日まで実通院日数一九日間のタクシー代合計二万二八〇〇円を認めるのが相当である(乙七)。

4  付添看護費(主張額一九三万円・家政婦分七〇万円、夫休業分一二三万円) 八〇万八〇〇〇円

反訴原告の前記した家庭状況等に鑑みれば、家政婦を雇わざるを得ない状態であつたから、右費用として七〇万円を要したこと(乙一一の一ないし三、弁論の全趣旨)、反訴原告の前記症状から夫落海勝則の入院付添看護の必要であり、右費用として、前記二四日間の入院期間中、一日当たり四五〇〇円の一〇万八〇〇〇円程度を要したことは、それぞれ認められるが、家政婦の雇用により夫の家事、育児等の負担は軽減されたことからすれば、本件事故と相当因果関係のある損害として休業補償費相当額を認めることまではできない。

5  休業損害(主張額三九九万五一六〇円) 二二四万五八〇〇円

反訴原告は、本件事故当時、二七歳の女子であり、前記した泉尾第二病院でパートの看護婦として勤務するかたわら、主婦として家事に従事し、少なくとも二七歳の女子平均給与月額二三万六四〇〇円を得ていたものと評価できるが(甲一四ないし一七、乙七、反訴原告本人)、前記した反訴原告の症状等に照らし、本件事故により症状固定までの約一九か月間、平均して五割程度の就労制限があつたものと認めるのが相当であるから、休業損害は、以下のとおり二二四万五八〇〇円となる。

236,400×19×0.5=2,245,800

6  入通院慰謝料(主張額一七〇万円) 一五〇万円

前記した入通院期間、原告の受傷内容等を勘案すれば、一五〇万円が相当である。

7  後遺障害逸失利益(主張額三六四八万四四一七円) 二〇八二万〇八九二円

反訴原告は、本件事故がなければ、前記認定した月収二三万六四〇〇円程度を症状固定した二九歳から就労可能年数六七歳まで三八年間得られたものと認められるところ、本件事故により前記認定のとおり九級一〇号の後遺障害を残し、前記認定した反訴原告の症状等から三五パーセントの労働能力を喪失したものと認めるのが相当であるから、ホフマン方式により中間利息を控除して後遺障害逸失利益を算定すると、以下のとおり二〇八二万〇八九二円となる。

236,400×12×0.35×20.9702=20,820,892

8  後遺障害慰謝料(主張額一〇〇〇万円) 五五〇万円

前記した後遺障害の内容、程度等に勘案すれば、五五〇万円が相当である。

9  コルセット等の費用(主張額五万八九四二円) 五万八九四二円

反訴原告は、本件事故による腰椎椎間板ヘルニアの治療等のため、コルセツト(腰椎装具軟性)二万一三七八円及び右短下肢装具硬性(三万七五六四円の合計五万八九四二円を要した(乙一二ないし一四)。

10  以上合計三二〇〇万三二五九円となるが、前記認定した五割の寄与度減額をし、既払金三一二万九二二五円を控除すると、一二八七万二四〇四円となる。

11  弁護士費用(主張額三〇〇万円) 一三〇万円

本件事案の内容、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当損害額は一三〇万円が相当である。

四  以上によれば、反訴原告の請求は、金一四一七万二四〇四円及びこれに対する本件事故日である平成五年七月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木信俊)

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